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高橋輝次編著『誤植読本』(東京書籍・2000)では、印刷物に多く係わってきた著述家や編集者が、誤植にまつわるエピソードをいくつも紹介している。
新聞紙の有名な誤植であるらしいから、言わずもがなであるが、著者(戸垣)にはウォータールー橋の挿話が印象的であった。
テムズ川にウォータールー橋が架かったとき、渡り初めに望んだビクトリア女王は、橋を渡った(pass)と記者は書いたつもりが、小便をした(piss)ことになってしまった。
まさかありえないと分かりつつも、まさか本当にしたのか、とか、ちょこっと漏らしたのかとかいくらかでも勘繰られてしまうところが罪深い。
誤植にも種類があり、意味の通らない誤植は比較的罪が軽い。「基礎知識」が「墓礎知識」になっていたとしても、大方は「基礎」と正しく解するだろうし、頭で「基礎」と処理し読み進めてしまって誤植に気づかないかもしれない。
他方、これも有名な話らしいが、「諸諸の事情」で遅れたと弁解したはずが「諸諸の情事」になったとしたら、文字の逆転に思い至るまでの時間に差はあれ、その間読者の邪推を誘うのではないか。意味は通ってしまうだけにいろいろな意味で罪深いといえる。
新聞紙の有名な誤植であるらしいから、言わずもがなであるが、著者(戸垣)にはウォータールー橋の挿話が印象的であった。
テムズ川にウォータールー橋が架かったとき、渡り初めに望んだビクトリア女王は、橋を渡った(pass)と記者は書いたつもりが、小便をした(piss)ことになってしまった。
まさかありえないと分かりつつも、まさか本当にしたのか、とか、ちょこっと漏らしたのかとかいくらかでも勘繰られてしまうところが罪深い。
誤植にも種類があり、意味の通らない誤植は比較的罪が軽い。「基礎知識」が「墓礎知識」になっていたとしても、大方は「基礎」と正しく解するだろうし、頭で「基礎」と処理し読み進めてしまって誤植に気づかないかもしれない。
他方、これも有名な話らしいが、「諸諸の事情」で遅れたと弁解したはずが「諸諸の情事」になったとしたら、文字の逆転に思い至るまでの時間に差はあれ、その間読者の邪推を誘うのではないか。意味は通ってしまうだけにいろいろな意味で罪深いといえる。
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男は突然言いようのない疎外感を味わった。村の人人はなぜか彼を遠巻きにして、意味ありげな目を見交わしている。だが村人たちの噂に上るような行為をした覚えは男になかった。
男は失笑にさらされながらも、ようやく不十分な情報をつなげることができた。彼が庭で放尿するする姿がグーグルのストリートビューで見られる模様なのだ。
男の家がある仏西部メーヌエロワール県の村はとても小さく、住民はたがいの顔を見知っているのだという。ストリートビューに写ってしまった人の顔はぼかされるが、その家の庭で無防備に放尿する男がだれであるかは、輪郭や体格を傍証とせずとも、村の住人にとっては自明である。
撮影されたとき、彼は自分の庭にい、庭の門は閉まっていた。少少行儀が悪いことは認めるが、彼に落ち度はないはずだ。男は、承諾なしに写真を掲載したグーグルをプライバシー侵害のかどで訴え、問題の写真を直ちに削除するよう求めた。
対照をなすのは、バージニア州スプリングフィールドの事案である。
早朝5時30分、ベッドから出た男は何もまとわずにキッチンに向かった。コーヒーを入れるためである。が、その姿を窓越しに目にした通行人がいた。
通行人は警察に通報した。たしかに何も着けていなかったけど、自分の家で、ベッドから出たところだった。まだ暗かったし、誰かが外から見ているなんて思わないよ。そう男は反論した。
通報したのは女性で、7歳の男の子を連れていたそうだ。前述の行為が意図的なものと見做され、男は公然わいせつ罪で逮捕された。
どこに理があり、だれが無理を通しているかを判断する力は著者にない。ただ、アルテミスの沐浴を偶偶垣間見たアクタイオンは鹿に変えられ、連れていた猟犬に貪られてしまった。第一にインターネットという小道具が加わった点において、次に憤慨したのが目撃者側である点において、時代は変わったとの感慨を禁じえない。
男は失笑にさらされながらも、ようやく不十分な情報をつなげることができた。彼が庭で放尿するする姿がグーグルのストリートビューで見られる模様なのだ。
男の家がある仏西部メーヌエロワール県の村はとても小さく、住民はたがいの顔を見知っているのだという。ストリートビューに写ってしまった人の顔はぼかされるが、その家の庭で無防備に放尿する男がだれであるかは、輪郭や体格を傍証とせずとも、村の住人にとっては自明である。
撮影されたとき、彼は自分の庭にい、庭の門は閉まっていた。少少行儀が悪いことは認めるが、彼に落ち度はないはずだ。男は、承諾なしに写真を掲載したグーグルをプライバシー侵害のかどで訴え、問題の写真を直ちに削除するよう求めた。
対照をなすのは、バージニア州スプリングフィールドの事案である。
早朝5時30分、ベッドから出た男は何もまとわずにキッチンに向かった。コーヒーを入れるためである。が、その姿を窓越しに目にした通行人がいた。
通行人は警察に通報した。たしかに何も着けていなかったけど、自分の家で、ベッドから出たところだった。まだ暗かったし、誰かが外から見ているなんて思わないよ。そう男は反論した。
通報したのは女性で、7歳の男の子を連れていたそうだ。前述の行為が意図的なものと見做され、男は公然わいせつ罪で逮捕された。
どこに理があり、だれが無理を通しているかを判断する力は著者にない。ただ、アルテミスの沐浴を偶偶垣間見たアクタイオンは鹿に変えられ、連れていた猟犬に貪られてしまった。第一にインターネットという小道具が加わった点において、次に憤慨したのが目撃者側である点において、時代は変わったとの感慨を禁じえない。
ある航空管制官がサウスウエスト航空のパイロットに頼みごとをした。「ママがその飛行機に乗っているんだ。ちょうど誕生日なので、おめでとうを伝えてくれないだろうか」。
公私混同も甚だしい。航空管制官とパイロットの間でちょっとした挨拶が交わされることは珍しいことではないが、頼みごととなればその域を越えてしまっている。
真に受けたパイロットは乗客に呼びかけた。「管制官のママが乗っている。誕生日なんだって」。パイロットが生真面目なのか不真面目なのか少少わかりにくい面がある。その後、乗客が騒ぎはじめたことにインターカムを切ったパイロットが気づくよしもなかった。
乗客は客室乗務員を呼び止める。「爆弾があるってどういうこと。だいじょうぶなのかい」。彼の耳に「ママ(mom)」は「爆弾(bomb)」と聞こえていた。
やや不安を感じたので、同様のリスクがないか検証してみた。「マス釣り行こうよ」「行こう、行こう、バス釣り行こう」「あの犬が枕(僕ら)をズタズタにしたんだ」「ズタズタ?だいじょうぶなのかい」まあ、あまり問題はなさそうである。
公私混同も甚だしい。航空管制官とパイロットの間でちょっとした挨拶が交わされることは珍しいことではないが、頼みごととなればその域を越えてしまっている。
真に受けたパイロットは乗客に呼びかけた。「管制官のママが乗っている。誕生日なんだって」。パイロットが生真面目なのか不真面目なのか少少わかりにくい面がある。その後、乗客が騒ぎはじめたことにインターカムを切ったパイロットが気づくよしもなかった。
乗客は客室乗務員を呼び止める。「爆弾があるってどういうこと。だいじょうぶなのかい」。彼の耳に「ママ(mom)」は「爆弾(bomb)」と聞こえていた。
やや不安を感じたので、同様のリスクがないか検証してみた。「マス釣り行こうよ」「行こう、行こう、バス釣り行こう」「あの犬が枕(僕ら)をズタズタにしたんだ」「ズタズタ?だいじょうぶなのかい」まあ、あまり問題はなさそうである。
ある日、夫は携帯電話を置き忘れて家を出てしまった。妻がここぞと中身を検めるのは洋の東西を問わない本能的な行為であるらしい。自分の登録名が「グアンタナモ(Guantanamo)」であることを知ったサウジアラビアの女性は、早早に離婚を要求したという。
キューバ東南部のグアンタナモ湾に位置するアメリカ海軍の基地が、グアンタナモ米軍基地である。ブッシュ政権下の2002年からはアフガニスタンやイラクで拘束されたテロ容疑者の収監所としても使用され、情報収集を名目に拷問に等しい人権侵害が行われているとの批判にさらされた。オバマ大統領は、この収監機能の閉鎖を選挙公約に掲げたが、未だ果されずにいる。
なるほど妻が怒るのも無理なからぬことと思われる。夫は妻をこの悪名高い収監所になぞらえることで密かに溜飲を下げていたのだろうか。
しかしふと別の考えが頭をよぎった。「刑務所」は、自由の欠如という文脈においてしばしば「結婚」の隠喩とされる。が、裏腹に「至上の愛」を表す通用もあったのではなかったか。離れたくても離れられないほど愛してしまった恋人を「刑務所」になぞらえたラブソングがたしかあったと記憶している。
この夫が何を思って妻を「刑務所」と呼んだか、乏しい資料からは読み取れないが、恋は盲目の箴言を俟つまでもなく、愛と不自由は存外と近しいのだろう。
キューバ東南部のグアンタナモ湾に位置するアメリカ海軍の基地が、グアンタナモ米軍基地である。ブッシュ政権下の2002年からはアフガニスタンやイラクで拘束されたテロ容疑者の収監所としても使用され、情報収集を名目に拷問に等しい人権侵害が行われているとの批判にさらされた。オバマ大統領は、この収監機能の閉鎖を選挙公約に掲げたが、未だ果されずにいる。
なるほど妻が怒るのも無理なからぬことと思われる。夫は妻をこの悪名高い収監所になぞらえることで密かに溜飲を下げていたのだろうか。
しかしふと別の考えが頭をよぎった。「刑務所」は、自由の欠如という文脈においてしばしば「結婚」の隠喩とされる。が、裏腹に「至上の愛」を表す通用もあったのではなかったか。離れたくても離れられないほど愛してしまった恋人を「刑務所」になぞらえたラブソングがたしかあったと記憶している。
この夫が何を思って妻を「刑務所」と呼んだか、乏しい資料からは読み取れないが、恋は盲目の箴言を俟つまでもなく、愛と不自由は存外と近しいのだろう。
アナウンサーの読み上げるニュースを聞き流していて、あれと違和を覚えあることがある。キーボードを叩いていたり、資料に目を落としていたり、他の主たる活動により多くの注意を向けているため、いい加減に聞き流しているのだが、突如くっきりと文言が立ち上がることがある。
なぜかと問えば、それは読み誤りであることが多いようだ。同僚が指摘し、その場で言い直されることもあれば、そのまま流れていくこともある。最近の例では「きしくも」と確かに聞こえた。文脈を取れば九割方「奇しくも(くしくも)」と言いたかったのだろう。
が、きとくは微妙でもある。いや「くしくも」と言ったのだ、聞く耳の問題ではないかと押し切られたなら自信はない。
あらかじめ誤解を避けておくと、著者に誤りをあげつらおうとの意図は皆無である。その昔「刃傷(にんじょう)沙汰」をにんしょうざたと思い込んでいた著者は、ビジネスの場で何の迷いもなくそう声に出し、とても恥ずかしい思いをしたことがある。それがトラウマになったといえば大仰だが、爾後読み誤りに対しては、過度の関心を抱いてしまうようなのだ。
前述の「奇しくも」にしても、さてきとくはどちらが正しかったかといつか暗中に佇んでいる始末である。ならば、せっかく気になった縁であるから、ここに書き留め、以後迷いのないようにしたいと目論んだわけである。
以上、本稿の意図を述べた。
なぜかと問えば、それは読み誤りであることが多いようだ。同僚が指摘し、その場で言い直されることもあれば、そのまま流れていくこともある。最近の例では「きしくも」と確かに聞こえた。文脈を取れば九割方「奇しくも(くしくも)」と言いたかったのだろう。
が、きとくは微妙でもある。いや「くしくも」と言ったのだ、聞く耳の問題ではないかと押し切られたなら自信はない。
あらかじめ誤解を避けておくと、著者に誤りをあげつらおうとの意図は皆無である。その昔「刃傷(にんじょう)沙汰」をにんしょうざたと思い込んでいた著者は、ビジネスの場で何の迷いもなくそう声に出し、とても恥ずかしい思いをしたことがある。それがトラウマになったといえば大仰だが、爾後読み誤りに対しては、過度の関心を抱いてしまうようなのだ。
前述の「奇しくも」にしても、さてきとくはどちらが正しかったかといつか暗中に佇んでいる始末である。ならば、せっかく気になった縁であるから、ここに書き留め、以後迷いのないようにしたいと目論んだわけである。
以上、本稿の意図を述べた。

