英語圏の人人のファーストネームというものは実にややこしい。
エイブはきっとエイブラハムだろうとか、アレックスはアレクサンドラだろうとかは連関がわかりやすい。だが、ボブがじつはロバートだとか、ケイトがキャサリンだとかは、英語圏の人人にとってはしごく当り前なのだろうが、予備知識がない場合には戸惑ってしまう。
しかしその戸惑いは、たぶんに著者がカタカナで理解してしまっていることに起因すると思われる。キャサリンという音は実際には、敢えていうならキャサリンとケイトリンの狭間に位置していて、キャシーと呼ばれることもケイトと呼ばれることも自然の成行きなのではないか。
エリザベスから手紙が来たら、ああ、あのベティかと即座に理解できるくらいには慣れたいと遅ればせながら目論んでいる。
考えてみれば、著者は「かんの」が菅野だったり管野だったりする吃驚世界に暮らしている。日本語には文字が多く、ひらがなとカタカナに漢字文字を合わせた数は、ローマ字の比ではない。一方、音節が少ないので多くの同音異字がある。
「ゆうじ」は祐司だったり裕二だったり勇次だったりする。そんな吃驚世界に住む著者にとっては、英語圏のファーストネームなど恐るるに足りずと奮起した次第である。
エイブはきっとエイブラハムだろうとか、アレックスはアレクサンドラだろうとかは連関がわかりやすい。だが、ボブがじつはロバートだとか、ケイトがキャサリンだとかは、英語圏の人人にとってはしごく当り前なのだろうが、予備知識がない場合には戸惑ってしまう。
しかしその戸惑いは、たぶんに著者がカタカナで理解してしまっていることに起因すると思われる。キャサリンという音は実際には、敢えていうならキャサリンとケイトリンの狭間に位置していて、キャシーと呼ばれることもケイトと呼ばれることも自然の成行きなのではないか。
エリザベスから手紙が来たら、ああ、あのベティかと即座に理解できるくらいには慣れたいと遅ればせながら目論んでいる。
考えてみれば、著者は「かんの」が菅野だったり管野だったりする吃驚世界に暮らしている。日本語には文字が多く、ひらがなとカタカナに漢字文字を合わせた数は、ローマ字の比ではない。一方、音節が少ないので多くの同音異字がある。
「ゆうじ」は祐司だったり裕二だったり勇次だったりする。そんな吃驚世界に住む著者にとっては、英語圏のファーストネームなど恐るるに足りずと奮起した次第である。
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